Wall Ajar House
初めて訪れた敷地で印象に残ったのは、隣地の庭の緑だった。住宅密度の高い地域にありながら、前面道路からみて左側と右奥には隣地の住宅の壁ではなく庭の緑が迫っていて、空は青く晴れ渡っていた。
その敷地いっぱいに1階を配置し、中庭を設けて、外周はぐるりと壁で囲んだ。ただし敷地左手が少し広がっていることを利用して、パッケージのシールをめくって開封するように、少しだけ外周の壁を開いている。その様子がそのままファサードになる構成だ。中庭にかかる屋根は、隣地の緑や空がきれいに見えるように馬蹄形で切り取っている。それに呼応するように、中庭の床も馬蹄形で切り取った。
1階はガレージと中庭とLDKが連続した一体的な空間で、壁をごく淡いグレーとしている。2階は1階の半分程度の広さだが、こちらも階段室から寝室まで一体的な空間で、壁を1階よりも少し濃いグレーとしている。1階には書斎、2階には個室を置き、それぞれ角を丸めて周囲を歩きやすくしたうえでさらに濃いグレーで塗装した。
奥行きが19mある敷地に対して、1階には手前のガレージからLDK奥の洗面所まで、途中に遮るものがない17mの視界長さを確保している。そこに、少しだけ開いた外壁と馬蹄形で切り取った屋根を介して、太陽の光が角度を変えながら差し込んでくる。視界に様々な明暗をつくり、さらに壁を濃淡のグレーで塗り分けることで明暗に抑揚を与えて、空間の奥行きやボリュームの感じ方に幅を持たせられればと考えた。
建主がクルマのデザイン関係の仕事をしていることもあって、色・素材・パターンについては時間をかけて話し合った。外壁のやや赤みが強い茶色は、その過程で決まったものだ。建主の仕事はリモート作業になることも多いため、画面越しに生活音や気配が伝わらないように、書斎はブース状の離れとしてガレージに置いた。
ガレージはLDKからみれば外部だが、生活するうえではガレージもLDKと連続した内部の延長として感じられるように、床レベルを近付け、間を仕切るサッシュも全面ガラスとした。そのうえで、そこから先の敷地外へと建主家族が繋がってゆくためのさまざまなツール置き場としてガレージを設えている。ツールとは、車・バイク・自転車・大型の姿見などであり、対外的なリモート作業の拠点となるブース状の書斎もそのツールのひとつとして数えている。
外壁を少しだけ開いたところが敷地外と繋がる動線になっているが、ガレージには大きな両開きの扉があり、ここを開ければ繋がる度合いはぐっと高くなる。敷地の奥行きを生かした外部から内部までの一体的空間に個室を組み合わせることで段階的なプライバシーを確保し、開き方も段階的にすることで、新たな生活を始める建主家族が地域に馴染むための暮らし方に選択肢をつくれればと考えた。ガレージと中庭の壁にはぐるりと照明を配置してあり、建主はここに絵画やアートをディスプレイすることも想定している。知人を招いて楽しむ小さなギャラリーとして、これから作り込まれてゆくのかもしれない。
実は設計に着手した当時、建主家族は敷地から歩いて5分ほど歩いたところにある一戸建て住宅で暮らしていた。それなのになぜ新たに一戸建ての住宅を建てるのか不思議で理由を尋ねたら、結婚して子供が産まれ、地面や緑など外部に近い距離感で生活をしたくなったから、とのこと。
確かに新しい敷地は、第一印象からそれに合致しているように見えた。また、暮らしていた一戸建て住宅はいくつもの床レベルを持つスキップフロアでワンルーム的に構成されており、地面や外部に対して自律した内部空間に魅力がある一方で、段差が多くて産まれたばかりの乳幼児を育てるには難しさがあるとも言えた。
したがって今回は、できるだけ床レベル数と段差寸法を減らしつつ地面に近付け、住宅密度の高い地域でどのように外部に開いてゆくかを主題に検討を進めた。
竣工直前になって、建主からもう一人家族が増えることになったという嬉しいお知らせをいただいた。中庭はひなたぼっこをしたり、プールに入ったり、乳幼児の安全な遊び場としてちょうどいい。もちろん、大人もそこで読書をしたりBBQなどのアウトドアダイニングを楽しむことができる。天気のいい休日には、外壁が少しだけ開いたところから子供を乗せた自転車で近所の公園まで出かけてゆく、そんな建主家族の姿が目に浮かぶようだ。
- 年
- 2025




























